『桜姫』観劇記/二回目・三回目追記



◆二回目〜十日・昼の部 平場A列3番
◆三回目〜十一日・昼の部 平場松列8番


以上二回の観劇記。とは言っても、当日ひとことずつではありますが既に書いておりますし、また初日観劇記もup済みですので、まぁあんまり目新しいことも無いと言いますか…。てゆーか、ほぼ完全に三回目の際の観劇記、と言えるかと。
本当にミーハーかつ歌舞伎初心者的なこと*1の羅列になります。
やはりブログモード表示ですと役に立たないようですが、一応ネタバレありますので、“続きを読む”を使用します。
以下、未観劇の方はいずこかへご退避お願い致します(笑)。



※写真は十一日の松列の際、座席にあらかじめ置かれていた雨よけのビニールシートに添付されていた注意書き。


三回目観劇後、帰宅して順不同で書き出したメモをざっと、先日のトークイベントレポと同じ形式で挙げていきます。*2


橋之助丈、膝に傷や痣がちらほらと。やはり権助の尻端折りな姿での活躍のせいでしょうか。


『稲瀬川の場』 清玄、流石に顔はしっかり白塗りであるものの、手と足はストッキング状態の手袋と指付き靴下で白く!(笑)(笑いどころか?)手にはしっかり爪が描いてありました。これがなんだかかなり不気味でした…。『犬神家の一族』でしたっけ? スケキヨのようで(汗)。


『山の宿町の場』 悪五郎の頭巾姿。前の場でお十を演じて白塗りになっているので、顔の部分がお面(?)状態! でも目の部分がしっかりはまっていて全く不自然に見えない。だがしかし手甲をしているからか、手は白塗りのまま…(苦笑)。清玄の逆パターンで赤っ面色の手袋とかした方がいいような気も。*3


悪五郎と七郎の立ち廻り(?)、七郎が鼻血を出すところは、右側の首の後ろ(襟足)か耳の後ろ(鬘の中?)に鼻血の素(笑)が仕込んであって、鼻を押さえつつ取り出した鼻血を付ける、といったことをしてました。*4


『新清水の場』 松若と七郎の宙乗り時、松若の袴の中が見えそうで…<殴打。てか松若より七郎の方が足を広げた体勢で降りてくるので、より…<撲殺。


『桜谷草庵の場』 姫が権助が“あの時”の男だと気付き、近くに来いと呼ぶ際。初日は裲襠を脱ぐ時のみ“女の顔”だったと感じた、と書いたけれども、特に十一日は呼んだ時点から“女”になっていた気がします。何て言うんでしょう、“誘う顔”と言うか。あとじっくり濡れ場の絵を拝見してしまいましたが(爆)…あれ凄過ぎです(汗)。「春画かよ!」という突込みが心の中で入りました。まぁ春画ならまだ下品さってものがギリギリのところで止まっている、というイメージなんですけど、私の中では。*5


絵と言えば。白菊丸と清玄のくだりの説明時に使用されていた絵、入水した絵に描かれている足がどうみても清玄に見えてしまうんですが…(汗)。白菊丸にしては、いかつ過ぎる気が。*6


『稲瀬川の場』 非人に落とされた桜姫が哀れで、尚且つとても美しくて…。堕ちれば堕ちるほど光り輝く存在なのかと。子供が戻され、かき抱く姿はありていの表現だけれど聖母のようで。*7対して、破戒僧と成り果てた清玄の恐ろしさ。桜姫本人ではなく、十七年前の心中未遂で失った白菊丸を再びこの腕に抱ける、という狂気に囚われた上での破戒。その後、姫と揉み合い川へ落ち、花道下から登場(笑)後、雨の降りしきる中、姫の子供を見付けて抱く姿は、愛しいという気持ちは感じられるものの、姫が子供を抱いていた姿とは対照的。本当に愛する者ではないのに、その代替としてでしかない、飽くまでも歪んだ愛を押し付けるための“モノ”を見付けたという喜びに満ちていた気が。そしてかぶりつきであるので、目の前に清玄がいるのだけれど、どうしても舞台上方の姫に目が行ってしまう(汗)。でも更にその上に目を向けると、照明に照らされて降る雨…。これが本当に綺麗で、思わず幕切れまで雨に見入ってしまった私でした。


『岩淵庵室の場』 まず連れて来られた姫が頭巾を取られて、現れた顔が綺麗で…。その後長浦に以前賜った簪を自ら付ける場面。酷く古びた感じが時の流れと零落した様を見せ付けて哀れさを誘い。その後、蘇生し心中を迫る清玄と追われる姫は、まさに様式美の世界。庵室が廻って地蔵堂が正面に来た際の姫の姿は震えが来るほど綺麗でした。ぴたりと止まったその形は人形振りのようで。初日は確か二回あった海老反りが一回になったようでしたが、余りの見事さに拍手など逆に出来ないほどの迫力。*8その後、残月と長浦が権助に追い出された訳ですけど…。私の真横に丸裸にされた二人が立ったので、もうどこ見ていいかわかんない状態に(笑)。だってあまりにも近すぎて煽りまくりであっという間に首痛くなったし、大体…そんな近くで見たい絵面でナシ(爆)。で、仕方なく(本当に“仕方なく”か?(苦笑))正面にいる姫を見ると、当然こっち見てる訳で…。あの時ばかりは本当にどうしていいかわからなかったです(失笑)。あとですねぇ、先日、“今月のスローガンは毒を食らわば皿まで”なんて書きましたけど、姫が権助に女郎屋へ預けられる際に花道でそんなような台詞を言うのですね…知りませんでした…(汗)。で、女衒に連れられて来た時にはしなかったのですけど、この最後の引っ込みの際、恐らく着ていた裲襠からだったのでしょう、ほのかに桜の香りが漂ってきた気がしました。


権助住家の場』 幽霊が出るからと突っ返されてきたお姫。初日は正直余りにも女郎言葉が達者過ぎて、その場では何も思わなかったのだけれど、後で考えてみるとちょっとあれは違うかも、というのがあったのだけれど(それは先日のトークイベントで福助丈ご自身もお話されていましたが)十日、十一日は随分とたどたどしさが強調されるようになっていました。それに、女郎というものに慣れてスレてきてはいるものの、言葉だけでなく仕草の端々に姫がまだ残っているというのも垣間見えて。で…殺しの場は随分と初日と変わりましたねー。初日は苦悩しつつも普通っぽい殺しだったですが(“普通っぽい殺し”って…(苦笑))十日に観てびっくり。まず横になっていた権助が起き上がると髪がざんばらで。*9お姫も殺すまでに苦悩する、という場面が加わって。権助に頬擦りをしている時点で、既にお姫は気が触れていたように見受けられました。一度刺してからは文字通りの滅多刺し、髪も初日は最後に後ろに上がるまで結ったままでしたけど、十日には住家内で少しずつほどけて(ほどいて)いき、照明が全て入った時点で“出来上がって”いて。初日の演出も忘れたくないものですが、より狂気が強調されるようになった十・十一日の演出は深いです。*10


そして大詰め。満開の桜の中、舞台前ではまさに絵に描いたような“めでたしめでたし”という光景が繰り広げられているにも関わらず、深い狂気・絶望・孤独の中にいる、という桜姫。ほぼ立ったままからの海老反りは圧巻。「女形冥利に尽きるとはこういうものかも知れない。」などと思ってしまったり…。全て終わって、降りてきてご挨拶をされる姿は、一度引っ込んで出てきても“福助丈”のそれではなく、“桜姫”のまま。芝居の本筋とは全く離れてしまいますが、不遜にも「福助さん、これで楽日まで“無事に”おつとめ出来るのかしら…。」と心配になってしまうほど。“入れ込んでいる”、のか、それとも“引き込まれている”のか。


と、まぁこんな感じでした。
見出し使った分、読みにくいですね…いつもに増して。(注:2005.6.22、余りの見辛さに見出し記法排除しました。)
思い違い、思い込みがほとんどだと思うのですが。
取り敢えず、私の二回目・三回目の観劇の記憶はこんな感じです。


…そしてあと十二時間後には、四回目の観劇をしているのですね私…体持つのか、ヲイ。金曜の夜の部潰したパターンと似過ぎだぞ。トークイベントレポ手間取って睡眠時間減らした時と…。

*1:歌舞伎の常識だろ、そんなこと、と言われそうなことに結構気付いたりしたものでしたので。

*2:しかしトークイベントの時はリアルタイムで取っていたメモを基に作成したので、発言の時系列はほぼ合っているかと思いますが。

*3:まぁここまではっきりわかる人っていうのはすごく限られていると思うので、これはこれでいいんでしょうね。

*4:ちなみに十日の方だったかな、鼻血ほとんど見えませんでした。向かって左側から出血、というふうにするのが多いみたいですね。

*5:手がヤバいんだよ、手が…(爆)<チェック入れ過ぎです(死)。

*6:パンフレット裏表紙裏の絵ですね。…やっぱりあの清玄との絡みの絵を見た後だとちょっと違和感あるなと。

*7:三月の勘三郎丈襲名興行『盛綱陣屋』の際にとても強く感じたことなのだけれど、本当に福助丈の“母”は気高く美しいなと。加えて、他の役者さんであると“型があって感情が乗る”という印象を受けるのだけれど、福助丈の場合は“まず感情があり、そこに自然と型が乗る”という感じがします。『盛綱陣屋』での小四郎切腹後、息絶えた息子に対する篝火の仕草の細やかさには圧倒されました。

*8:あと、初日にはあれは偶然だったのだと思うのだけど、逃げているうちに吹輪の横に挿した簪(…あれって簪でいいんでしょうか?<モノ知らず(泣))の片方が外れて落ちてしまって。でもそれが逆に必死さを強調していた気がしました。

*9:十日は完全に髪がほどけていて、十一日は元結が残ってましたが、あれは演出が変わっているんでしょうか?

*10:当日の日記に書きましたが、この場で私の前を七郎とお十が通ったんです。七郎が通った時には私の足の引きが甘くて、ジーンズの裾をほんのちょっとですが踏まれました(爆)。てかそれくらいで済んで良かったですが。多分七之助くんには気付かれなかったと思うので…踏んで滑って、なんて事態にならなくて本当に良かったと今になってつくづく思います。