“プチ祭り”終了
楽は明日ですが、個人的には今日、また仕事帰りに幕見に行きまして、今月の観劇はひとまず終了となりました。*1
演目と時間の都合が非常に良く、思いがけず幕見を三回。仕事帰りが二回と、浅草二部の帰りに一回。
これに通常の観劇を加えて、『島の千歳』と『関三奴』は四回観た、という訳です。
本当に今月は良く歌舞伎座にお金を落としました。でも先週の観劇時、食欲が全く無くて食事を摂らなかったので、その分…いやでもそんなものは何もならないですね(苦笑)。相変わらず“形に残るもの”をまた増やしましたし、幕見代だって三回で2400円。…小せぇじゃん(失笑)。
十一日の幕見時はかなりガラガラでしたが、十四日は土砂降りにも関わらず土曜日ということもあってかかなりの入りで。*2
そして今日はまた楽前と言うこともあってでしょうか、結構な人が入っていました。
色々がたついていたり、ごたついていたりしているのでup出来るかどうかわからないので、今回幕見で感じたことを、ついでと言っては何ですが。
先日の幕見感想でちょっと書きましたが。
“福助丈が歌右衛門丈にそっくり”という感想も持ちましたが、二度、三度と観るうちに
「児太郎時代の顔に見える。」
という気がしてきていました。
それは先週の観劇前に舞台写真を見て確信的なものとなり、実際に観て再認識し、更に今日拝見してつくづく思いました。
それはもう“上”からばかりの視点のみですので、そう思えただけなのかも知れませんが。それにしても舞台写真は“児太郎時代のだよ”と言っても通用するのでは、と思ってしまいます。しかしこれは生でその時代を観られた方には通用しないかもしれませんが…(苦笑)。
総じて以前より触れていますが、舞踊に関しては謡を聴きつつ観る、ということがほとんど出来ない自分ですので、本当に理屈抜きでただ“好き”、“合わない”、“綺麗”等々、目に入る情報のみ、しかもほぼ動きではなく“形”が記憶として残る、といった有様なのですが。
「高みからの眺めなのだから、俯瞰で観ることに徹してみよう。」
と毎回思いつつ、気付くとほとんど双眼鏡から目を離さず終いの『島の千歳』観劇でした。*3
“理屈抜き”というのは、演られているご当人にはとても不本意なこととは思うのですが、私にはとても良いひと時を持つことが出来、ある種“助かった”とも言えるでしょう、確実に。
三月は歌舞伎座で昼の部に『吉野山』、五月は演舞場で夜の部に『道成寺』を務められる福助丈。
これに四月は何が加わるのか、と気掛かりは増すばかりですが(苦笑)。
「なんで演舞場には幕見が無いのかなぁ〜。」
とため息の午後、だったりもした今日でした。*4