劇評

歌舞伎:七月大歌舞伎(歌舞伎座) 女性の悲しみを描き出した玉三郎
昼は「義経千本桜」から「狐(きつね)忠信」が活躍する3場面を上演。狐忠信は海老蔵
  〜中略〜
夜は泉鏡花作品2題。最初が「夜叉(やしゃ)ケ池」(玉三郎監修、石川耕士演出)。池の主の白雪姫との約束を萩原(段治郎)と百合の夫婦は守ってきたが、村人は雨ごいのいけにえに百合を求める。繊細な百合を春猿が、情熱的な白雪姫を笑三郎が、それぞれ魅力的に造形。薪車の代議士が嫌みさをうまく出し、姫の家来である個性的な魔物たちがおもしろい。市川右近の学円。
次が「高野聖」(石川、玉三郎補綴(ほてつ)・演出)。旅の僧(海老蔵)と山中で出会った謎の女(玉三郎)との物語。まわり舞台を効果的に使って情景を変化させ、人里離れた地であることを示す。女にまとわりつく生き物をあえて作りものらしく動かし、シルエットを用い、幻想性を表現することにも成功した。玉三郎が聖性と俗性を併せ持つ女性の悲しみを描き出した。海老蔵は役にふさわしい高潔な雰囲気をよく出した。これでもう少し情感があれば。歌六のおやじに厚みが感じられる。尾上右近の次郎。31日まで。【小玉祥子
毎日新聞 2008年7月14日 東京夕刊

写真は『高野聖』より宋朝海老蔵)、女(玉三郎)、次郎(右近)


以下観劇当日にちょこっと書いたものの追加。
カテゴリ“感想”付けてますが、単なる与太話です(ネタばれあり)。


『夜叉ヶ池』は前回春猿丈が百合と白雪姫の二役早替わりでお勤めになられていて、その印象が妙に強くて正直今回の笑三郎丈にちょっと違和感があったりもしたのですが…。激情的な白雪姫のお役は春猿丈の方がいいなぁ、とか。
でも早替わりというと物語の内容よりそちらに目が行きがちというのもありますし、何より前回、ちょっと春猿丈がお疲れのように見受けられて百合の美しさが今一つ、という感じも受けていたのが、今回は文句なしに綺麗! と満足出来たので、やはり今回のようにそれぞれのお役を分けた方が良かったのでしょう。
誤解の無いように付け加えておきますが、笑三郎丈の白雪姫が良くなかった、ということではありません。むしろ春猿丈とはまた違った美しさで素敵でした。最後の青を基調としたお衣装は前回の春猿丈の素敵なお姿も記憶にありますが、より笑三郎丈の方がお似合いだったかも。*1


高野聖』は舞台装置の使い方が面白かったですね。ちょっと3階からの目線だと、余りにも“無さ過ぎる”のが気になったりもしたのですが…。地がすりが無くて床板がそのまま見えていてしかもその面積が広いので、転換しても変化が余り無いと言うかいかにも“作り物”というような印象を受けてしまったのが残念。
しかし一部のお客さんの反応が面白かったです。海老たまに何かしらの動きがありそう、という流れになると、オペラグラスを構える動きがあちこちに。具体的にどんな流れかと言うと、笠を取って顔が見える、とか、着物を脱ぐとか川に浸かるとか…(笑)。ええまあそれは勿論私もそのうちの一人だった訳ですけど(失笑)。
あと以前に書いたことの続きのようになってしまいますが、玉さんが舞台でもあそこまではだけるとは思わず…。正直、川に浸かった海老たまの姿がかなり間抜けで笑ってしまったし、どうにかならんのかなー、とも思ったのですが。玉さんがあそこまでするなら、ああいう形にしないとまずいということだったんですね。何度か書いている“おんながたのひみつ”を打ち破ったという衝撃と言うか、「本当にそこまで!」と驚きました改めて。しかしやはりあそこまで見せて(見えて)しまうと、どうしても“本当は男”という現実が見えてしまって…。肩から二の腕のラインがやっぱりすごいな、と見惚れてしまった私。過去に『シベリア超特急2 完全版 [DVD]』の福助さんの入浴シーンでご立派な肩から腕のラインを拝見して認識したんですが、お役によっては凄まじい重量になる女形の拵えを支えるのは生半可な体じゃ出来ないですからね。下手な立役さんよりがっちりしていても全く不思議は無いでしょう。でもそれを目の当たりにすることはほとんど有り得ないことな訳で。それがあそこまでハッキリ、ということに改めて衝撃、と。でもこれも誤解の無いように書いておきますが、あの演出が悪い、という訳では全く無いので。妖しさを出す、ということでは欠かせないものだと思います。
とにかくこの演目は玉三郎海老蔵両丈が揃って初めて成り立った芝居だな、と強く感じました。他の方で、というのは考えられないですね。あと、右近丈の次郎も欠かせません。本当に素晴らしい歌で。あの声が無かったら“嬢さま”の悲劇性というのも薄れてしまったことでしょう。歌い終わった後、海老蔵丈の目元に本当に光るものが見えたのですけど、あれは…流石に汗だったんでしょうねぇ…。*2

*1:笑三郎丈の方が上背があるからかしら? って春猿丈より背が高いですよね、笑三郎丈。と、探しまくって見付けた写真 → 10月三越歌舞伎 澤瀉屋一門記者会見 | 歌舞伎美人(かぶきびと) ちょっと春猿丈のポーズが斜め気味なのでもしかしたら、という感じがありますが、やはり笑三郎丈の方が背が高そう。

*2:そしてやはり海老たまに鬘は要らんのでは、と思ったり(笑)。チラシのものより黒めに作ってあってよりリアルで、一瞬本当に素なのかと(苦笑)。まだ笠を被っている時に襟足部分の鬘のめくれを見ていたのに…。ちゅーか素より生え…ぐほごほ…前…げほげほ。あー、あと右近くんの素の頭がドレッドだという話を以前どこかで聞いたんですけど。これってもう過去形なんでしょうかね? 今回の次郎の頭も素でいけんじゃねぇの、とか思った私でしたすみません。