なんだか



小洒落てるけど。



中身はこれ。



食器のマイセンではなく<綴りが違うて。
何故かこのところテレビなどで頻繁に目にしている“まい泉”のヒレかつサンド。
歌舞伎茶屋で最後の1個をget。
でもその足で向かったのは、すぐ横の歌舞伎座ではなく徒歩5分の新橋演舞場(笑)。昼の部を拝見して後、夜の部は歌舞伎座へと舞い戻る1日でした。


以下かいつまんで感想。
ネタバレあるので隠します。

新秋九月大歌舞伎・昼の部

『義賢最期』は、昨夜かなり厳しい感想を書かれていたところを拝見したせいもあったとは思うのですが、全体的に物足りなさ感が…。
そしてそんなすぐ人に影響される私ですが、その感想云々を抜きにしても、幕切れのアレは率直に言って納得出来ず。もしかしたら本来は“あんなもの”なのかも知れませんが…。それに私自身がいつもの“期待のベクトルが明後日の方向”であったというのは十二分にあるかと思いますし。「海老たまなら“やってくれるだろう”」というヤツですねえぇ。
けれど待宵姫を送った後、花道の付け際に立つ義賢を双眼鏡で見ていたのですが、いきなり目がうわっと光ったのには驚きました。“光った”って眼力ではなく、本当に光ったんですよ。まさかと思っていたのだけれど、その後、後ろを向いた一瞬に涙を拭う仕草をされたのが芝居のそれではない動きだったので、あの光は本物の涙で潤んだためだったらしく。それを見て私もちょっとうるっと来たり。
姿はとても素晴らしいものでしたし、まだ初日から丁度1週間。これからもっと練れて良いものになっていかれることだろうという可能性は十二分にあるかと思います。残念ながら私はもう拝見出来ませんけれどね。*1
竹生島遊覧』と『実盛物語』は、ことに情に厚い実盛という印象を受け、素敵でした。海老蔵襲名時の巡業などで助六と並ぶほど多くお勤めになられているとのことなので、所謂“手の内に入りつつある”といったところでしょうか。太郎吉との絡みのところの優しげな眼差しに、こちらも自然と笑顔になったり。

秀山祭九月大歌舞伎・夜の部

歌舞伎座夜の部は何といっても『盛綱陣屋』ですね。
吉右衛門丈を始めとした周りの方々の素晴らしさは勿論、今回驚いたのが宜生ちゃんの小四郎。姿良く、声も所謂“子役らしい”ものとは違い、しっかりとした台詞回しでした。終演後に会った友達とも「宜生ちゃん良かったねー!」と。
勘三郎さんの襲名の時はふにゃふにゃしてたのにー。」(笑)と感慨深く拝見しました。*2

*1:そして「昼は髑髏で、夜は草履で打擲か。」なんてことも思ったりしておりました…。

*2:先月の『つばくろは帰る』の超マイペース丁稚さん(笑)の台詞回しはこのお役のお稽古の影響だったの?とか思ったり(笑)。実際のところはママ直伝の京言葉に一杯一杯だったためらしいんですけど。そして更に当代吉右衛門丈が幼い頃、時代物と世話物の台詞の使い分けをせずに時代調で全ての台詞を言ったところ初代さんが激怒して「役者なんて辞めちまえ」と言われた、という話を思い出し、宜生ちゃんは大丈夫だったかなぁ、なんてまさに明後日のことを思ったりもしておりました(失笑)。この“時代物と世話物”というのは別々のお芝居だと思っていたのですが、確認したところ『重の井』の三吉のお役であったことが判明。結局怒られたことによりこの企画は流れて、数年後まで当代が三吉を演じることは無かったとか。